【人生の短さについて】2千年前の書で学ぶ人生設計(早期退職・時間の価値)。

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人生の短さについて(セネカ著)とは

セネカ(哲学者・ローマ帝国の政治家)が、知り合いに早期退職を勧めた手紙です。

「元気なうちに今の仕事をやめて、自分にとってより大切なことをするべきだ。」ということを伝えるために、人生や時間の価値について書かれています。

三月の株キチ
三月の株キチ

早期退職や時間の使い方は、現在を生きる私たちも悩んでいる課題です。
本を通して、2000年前の哲学者であるセネカ先生に教えを乞うのもいいと思います。

「人生の短さについて」から早期退職、時間の価値を考える。

人生の短さについて:時間の浪費について

偉人は、時間の価値を知っていて、有効に活用する。

われわれはわずかな時間しかないのではなく、多くの時間を浪費しているのである。
人生は立派に活用すれば十分に長く、偉大なことを完遂出来るように潤沢に与えられている。
莫大な財も、悪しき主人の手に渡れば、たちまち雲散霧消してしまい、少ない財も、善き管財人に託されれば、使い方次第で増えるのと同じように、人生も整然と整えられる者には大きく広がるものである。

生の短さのついて(岩波文庫)セネカ著 大西英文訳

偉人も凡人も、与えられた時間の長さはあまり変わりません。
セネカは、偉人たちが偉大なことを成し遂げることが出来た理由は、時間を有効に使ったからと考えています。

凡人は、時間を無駄に浪費しているため、人生は短く感じる。

凡人の私は、これまで多くの時間を浪費してきました。

  1. ユーチューブをダラダラと見る。
  2. ツイッターで嫌われたくないから、「いいね」を押して回る。
  3. 好きでもない人と付き合う。
  4. 世間で騒がれている悪い人を調べて、「どれだけ悪い人か」を確認して怒る。
  5. 株価や優待クロスの在庫を見て一喜一憂する。

わざわざ不機嫌になるためにしていることもあり、時間の浪費だったと思います。
これらは、人生最後に日にしたいことではありません。

三月の株キチ
三月の株キチ

時間を浪費しているうちに、気づいたらこの年になってました。
死ぬ時に時間の大切さに気づいて後悔しそうです。

人生の短さについて:「自分の時間」と「他人の時間」

お金については、価値を理解しているため大切にする。

お金なら、大切に受け取り、それを貰うために、労役や奉仕や勤勉を提供する。

生の短さのついて(岩波文庫)セネカ著 大西英文訳

見ず知らずに他人に求められて、お金をあげる人は少ないです。
多くの人は、お金の価値を知っているからです。

時間については、価値を理解していないため、簡単に他人に与える。

私は、常々、人に時間を貸せと求める者がおり、求められるほうもいとも簡単に貸し与えてやる者がいるのを見て、驚きの念を禁じえない。
時間が無形のものであり、目に見えないものであり、そのために、最も安価なもの、それどころか無価値なものとみなされているからに他ならない。

生の短さのついて(岩波文庫)セネカ著 大西英文訳

時間なら簡単に人に貸し与える人が多いことにセネカは驚いています。

私も、株主向けのアンケートに数分程度だからと回答しています。
お金には厳しいのに、時間の価値を軽視してきたことを反省しています。

偉人は、自分の時間を大切にする。

偉人の特性は、自分の時間が寸刻たりとも掠め取られるのを許さないことなのであり、どれほど短かろうと、自由になる時間を自分のためにのみ使うからこそ、彼らの人生は長いのである。

生の短さのついて(岩波文庫)セネカ著 大西英文訳

「人生の長さ」は、自分が自由になる時間を、どれだけ自分のためだけに使ったかで決まるとセネカは考えています。

成功者と言われている人は時間に厳しく、簡単に自分の時間を人に与えることはしません。
私たちは、他人のために多くの時間を使っているため、自分が自由に使える時間は少なく、何も出来ずに人生を終えてしまいます。

優秀な人は、他人の時間を尊重しない人とは会わない。

時間は目に見えないので、人に時間を使わせることに鈍感な人がいます。

優秀な人と会える機会を得た時は、相手の時間の価値の高さを認識する必要があると思います。
優秀な人は、時間を軽視している人とは二度と会おうとしなくなります。

三月の株キチ
三月の株キチ

特別な技術(PCなど)を持つ人の1時間の価値を、1回の夕食代程度と思っている人は、優秀な人の時間の価値を認識出来ていないと思います。

人生の短さについて:死を目前にして気づく時間の価値。

時間の価値を軽視する理由は、人は必ず死ぬということを忘れているため。

人が死ぬ確率は100%です。
でも、多くの人は、自分は永遠に生きると誤解しているのではないでしょうか。

三月の株キチ
三月の株キチ

私も自分がいつか死ぬという実感がありません。
これからも永遠に、優待生活をして、ブログを書いて、Twitterで交流する日々が続くと勘違いしています。

時間の価値を、人生の最後に気づいても遅い。

その同じ彼らが、病の床に伏し、死の危機が迫れば医者にすがりつき、死罪の恐れがあれば全財産を使ってでも延命しようとする。
自分に残された時間がわずかだと知れば、どれほど時間を惜しむであろう。

生の短さのついて(岩波文庫)セネカ著 大西英文訳

人は死を目前にして初めて時間の価値を知ることになります。

だから、延命するためなら、全財産を使っても手術を受けると思います。
延命が無理ならば、残された時間を大切に使うと思います。

時間は、ゲームをしていても、何かに怒っていても、株価の動きを見ていても、会いたくもない人に会っている時も、進行していきます。
これらは、死の間際なら絶対しないことです。

時間を浪費していると、あっという間に老人になり、やがて死の床に付くことになります。

三月の株キチ
三月の株キチ

老人になり、死の床で天井を見ている自分を想像してみます。
「あれもしたかった、これもしたかった」と後悔している自分がいます。

死は、心の準備が出来てから、やってくるわけではありません。

死を目前にして、これまでの時間の使い方を後悔しても遅いです。
死の間際ではなく、今、自分の時間の使い方を考える必要があります。

人生の短さについて:早期退職を先延ばしにすることについて

早期退職を先延ばしにするリスク

退職する予定の年齢まで生きている保証は無い。

ごく僅かな人を除いて人々は、人生の用意(老後の楽しみ)がなされたとたんに人生に見放されてしまう。
多くの人間がこう語るのを耳にするであろう、「五十歳になったあとは閑居し、六十歳になったら公の務めに別れを告げるつもりだ」と。だが、いったい、その年齢より長生きすることを請け合ってくれるいかなる保証を得たというのであろう。
五十歳・六十歳まで健全な計画(早期退職など)を延ばしにし、その年になってやっと人生を始めよう思うとは、死すべき身であることを忘れた、愚かなことではないか。

生の短さのついて(岩波文庫)セネカ著 大西英文訳

退職後の未来の人生を楽しみに頑張る人は多いです。
お金のリスクだけを考えると、早期リタイアを先延ばしにするしかありません。

ただ、人はお金のリスクには敏感ですが、病気や交通事故で死ぬリスクについてはあまり考えていないように思えます。
お金のリスクだけを心配して生き、自由になったら数年で寝たきりという人は大勢います。

そもそも、退職後の年齢まで長生きするという保証はありません。
人生の大半を、自分がしたいと思わない事をして人生を終えるのは悲しいと思います。

若い時の時間は価値が高い。

彼らは、思いもよらず、ある日突然、老人になる。
日ごと、老年が近づきつつあるのに、気づかなかったのである。

生の短さのついて(岩波文庫)セネカ著 大西英文訳

自分が本当にやりたいことを、先延ばしにすると、若い時期を無駄にすることになります。
先延ばしし続けていると、気づいたら「老人」になってます。

人は年を取ると心身共に衰えていきます。
新たな仕事をすることはもちろん、普通に人生を楽しむことも困難になっていきます。

最も価値のある、若い時の時間を会社のためにだけに捧げる人生は、勿体ないと思います。

定年後、健康状態で自由を楽しめる期間は長くない。

定年退職すれば、その後は自由に過ごすことが出来ますが、その時はすでに老人といってもいい年になっています。
定年退職するころには、病気を抱えている人も多く、入院生活になったり、寝たきり状態になる場合もあります。
定年後、健康状態で自由を楽しめる期間はとても短いと思います。

早期退職を先延ばしして後悔することもある。

「自分は本当に生きることをしなかった愚かな人間だった。この病状から逃れられたら、閑居してのんびり暮らそう。」と。
そのとき初めて彼らは、実際には享受出来なかったもののために無益な準備をしてきたか、すべての労苦が無駄なものであったかを悟るのである。

生の短さのついて(岩波文庫)セネカ著 大西英文訳

早期退職をする時、未来に対して期待と恐怖が大きくなりがちです。
特に、お金を失うことに対して恐怖をいだくようになります。

ただ、先延ばしをし続けて老人になり、病床で後悔するリスクも小さくないと思います。

先延ばしをしない方法:未来に対して期待と恐怖を捨てる。

未来に期待したり恐怖を感じ、今日決断するべきことを先延ばしにすることがあります。
先延ばしをしないためには、未来に対して期待と恐怖を捨てる必要があると、セネカは述べています。
未来はどうなるか分からないので、期待や恐怖を抱いても仕方がないのかもしれません。

人生が短さについて:人生の3つの時期(過去・現在・未来)から考える。

人生の3つの時期(過去・現在・未来)について

人生は3つの時期に分けられる。
過去・現在・未来である。
われわれが過ごしている現在は短く、過ごすであろう未来は不確定であり、過ごした過去は確定している。

生の短さのついて(岩波文庫)セネカ著 大西英文訳
人生が短さについて(セネカ)過去・現在・未来

セネカは、人生を3つの時期(過去・現在・未来)に分けて、人生が短くなる原因を説明しています。

現在のみに追われる人(多忙な人)の人生は短い。

現在は存在しないほど短い。

現在に悩殺されている人は、過去を振り返る暇がない。
現在という時は極めて短い。
やってきた刹那に、すでに存在するのをやめている。

生の短さのついて(岩波文庫)セネカ著 大西英文訳

現在という時間は、存在しないほど短いので、現在だけに気を取られる生活をしていると、あっと言う間に時間が経過してしまうとセネカは考えています。

三月の株キチ
三月の株キチ

目の前の優待クロスのための争奪戦や、優待消費に追われている間に時間はあっという間に過ぎてしまいました。
1年前に貰った株主優待を、今年も貰った時、もう1年経ったとかと驚きます。

現在を他人のためだけに生きると人生は短い。

どれだけの時間を今ではそれ自体が仕事となっている宴会にとられているか。

生の短さのついて(岩波文庫)セネカ著 大西英文訳

多くの時間を他人のために使い、自分のために使っている時間はほとんど無い人は多いと思います。
日々の生活に追われ、自分がしたいことを考える暇もないかもしれません。

他人のために使っている時間のうち、「好きでもない人が集まる宴会」は極力参加しないようにすることは可能ではないでしょうか?

運命が確定していない未来は不確定。

現在を疎かにし未来を恐れる人たちの人生は極めて短く不安に満ちている。
明日を待ち望むこともなく、明日を恐れることもない。
未来のことは、望むがまま、時の運に決めさせれば良い。

生の短さのついて(岩波文庫)セネカ著 大西英文訳

未来は不確定なため、セネカは過去を振り返ることを重要と考えています。
どうなるか分からない未来について、期待したり恐怖したりすることは無意味です。

過去を振り返る。(書物を読めば、過去の偉人たちに会いに行ける。)

書物を読めば、偉人たちの過去も見ることが出来る。

われわれは、どの世紀に入っていくことも許されている。
ソクラテスやアリストテレスと議論することも、教えを乞うことも許されている。
過去という悠久にして永遠であり、善き人々と共有する時へと全霊を傾けて身を委ねずして何としよう。

生の短さのついて(岩波文庫)セネカ著 大西英文訳

運命が確定している過去は、好きな時に取り出して見ることが出来ます。
自分の過去だけでなく、世界の賢者たちの過去も振り返ることが出来ます。

「人生」については、自分一人の過去の経験だけで考えていくことは困難ですが、過去の哲人たちは、書物を通して、人生の手本を示してくれます。

偉人たちは、誰でもいつでも会ってくれる。

彼らの中には、時間がないからといって会ってくれないような人は一人もいないし、自分のもとを訪れた者をより幸福にし、より自己を愛する人間にして送り出さないような人は一人もいない。
訪れた者が何人であれ、手ぶらで去らせるような人は一人もいない。
誰もが、常住常臥、彼らと出会うことが出来るのである。

生の短さのついて(岩波文庫)セネカ著 大西英文訳

過去を振り返ると、自分以外の人の過去も合わせると、膨大な英知に触れることが出来ます。
「偉人たちに会いに行ける。」というセネカの考えは面白いです。
本を通してなら、死後も永遠に話が出来ると感じてきます。

三月の株キチ
三月の株キチ

現在を生きている偉人は、忙しいので会ってくれません。
インフルエンサーたちも、頻繁にリツイートするなど見返りがないと、相手してくれませんよね。
過去の偉人は見返りなど求めずいつでも会ってくれます。
書物を読まないのは勿体ないですね。

人生の短さについて:まとめ

「人生の短さについて」は、2000年前に書かれた本とは思えない内容で、現代人でも通用する内容だと思います。
人生をどう生きるか、時間をどう使うか、早期リタイアはするべきは、2000年前から考えられてきたテーマだということが分かります。

三月の株キチ
三月の株キチ

人生には十分な時間が与えられていることが分かりました。
今後の人生は、今日が、人生最後の日と思って生きようと思います。

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